東京地方裁判所 昭和35年(タ)11号 判決 1960年6月23日
原告 宮山恵美
被告 ビクトリオ・エー・アルヴアレス・ジユニアー
主文
原告と被告とを離婚する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求める旨申立て、請求の原因として、
一 原告は、肩書地に本籍を有する日本人であるが、昭和三十一年四月下旬頃、米国陸軍輪送部隊の船長として来日していたフイリツピン共和国の国籍を有する被告と知り合い、同年七月上旬頃、被告と事実上の婚姻をしたうえ、東京都新宿区柏木一丁目百三十三番地において、同棲し、ついで同月十七日、東京都新宿区長に対し、婚姻の届出を了した。
二 被告は、当時右輸送部隊の船長として、朝鮮に任地を持つていたので、同月下旬頃、朝鮮に帰隊したが、帰隊後二週間位の間に二回の音信があつたのみで、爾来原告に対しては、毎月の生活費を送金することを約しながら、その送金をしないばかりでなく、一回の音信すらしないで今日に及んだ。
三 他方原告は、被告が朝鮮に帰隊してからは、その所在は不明となつたので、東京駐在のフイリツピン大使館、東京入国管理事務所等において、被告の所在を調査したところ、被告は、同三十三年六月二十六日、東京国際空港を経て本国に帰国してしまい、以後の消息は不明であるとの事実が判明した。
四 以上の事実によれば、原告は、配偶者である被告から悪意で遺棄されたものであるから、右事由にもとずき、裁判上被告との離婚を求めるため、本訴請求に及んだ。
と陳述し、
立証として、甲第一乃至第三号証を提出し、証人宮山クマ、原告本人宮山恵美の各供述を援用した。
被告は、公示送達による適法な呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、且つ答弁書その他の準備書面も提出しなかつた。
理由
一 公文書であるから真正に成立したと推定すべき甲第一号証(戸籍謄本)、第三号証(出国証明書)の各記載、証人宮山クマ、原告本人宮山恵美の各供述、並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、原告主張の請求原因事実の全部を認めるに十分である。
二 法例第十六条によれば、本件離婚の準拠法は、その原因事実発生当時における夫たる被告の本国法即ちフイリツピン共和国の法律によるべきところ、千九百五十年六月十九日施行のフイリツピン共和国法第三八六号は、その第九十七条において、同条各号に定められた場合に、法定別居(Legal Separation)を求める訴を提起することができる旨を規定するのみで、離婚に関する規定を欠き、また同法第十五条には、「家族の権利義務または人の法律上の身分、地位及び能力に関するフイリツピンの法律は、外国にあるフイリツピン人にも適用される。」との規定があるから、同国は、右所定の法律関係につき、いわゆる本国法主義を採用したものと解すべく、従つて法例第二十九条によるいわゆる反致条項を適用すべき余地もない。そして離婚は其の原因たる事実の発生した時に於ける夫の本国法による旨を規定する我が法例の下に於て、夫の本国法が離婚を認めず乃至は夫にのみ離婚権を与へ妻に与へて居ない等の事実は、それ自体では公の秩序善良の風俗に反するとは言ひ得ない。右の理論は殊に我国に於て外国の国籍を有する夫婦が当事者となつて離婚の裁判を求める場合に於て然りである。外国人たる当事者の所属する本国の法律によつて離婚が禁止されて居るならば、たとへ我国の民法によつて離婚原因が存在する場合であつても、当該本国法が所謂反致を認めない限り、法例一六条の解釈上、我が国の裁判所は離婚の判決を為し得ないことは勿論であり、此れ離婚の問題は法廷地に於ける倫理に関する問題であるが、これを強調して当該当事者に対する本国法の支配を無視するまでの必要を見ないからである。「然し本件は妻たる原告が婚姻前から日本に居住し日本の国籍を有する場合であり、而も前段認定の通り夫たる被告から悪意を以て遺棄され、夫の所在すら不明な場合であるから、斯の如き場合になほ法例一六条により夫の本国法による結果離婚の判決を為し得ないとすることは、国家として不必要に国民の権利保護を拒絶する結果となるのみならず、実質上忠誠関係等何等の紐帯のない夫の本国の法律に因り原告の自由は永久に拘束される結果となり、著しく公平の原則に反し善良の風俗に反する。従つて本件の場合には、結局法例三〇条により夫の本国法たるフイリツピン法の適用なく、我が民法のみを準拠法とすべきものと解するを相当とする。
三 果して然らば前段認定の事実は、我が民法第七百七十条第一項第二号にいわゆる配偶者たる被告から悪意で遺棄されたときに当ること明白であるから、裁判上被告との離婚を求める本訴請求は、その理由があるといわざるを得ない。
四 よつて原告の請求は、これを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 鈴木忠一 天野正義 篠清)